京の葉みどり「保津川の終点」

保津川は、渡月橋を挟んで川の名前が桂川へと変わります。
保津川の舟下りが今日のように盛んとなったことについては、京都の豪商であった角倉了以の保津川の開削におうところが多い。
了以は51才の時、かねてから思っていた保津川を開削して丹波と京都を結び、水運を利用して豊富な丹波の物資を京都に運ぼうと決心。
慶長11年3月、周囲を山に囲まれ難所の多い上、巨岩巨石が横たわり、しかも急流である峡谷を開削。水路を作る工事に着手。幾多の犠牲と巨費を投じて、保津川は了以によって水運が築かれました。(保津川下りHP) 
                                                     (撮影:2014年5月19日)

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渡月橋から桂川に沿って西の方角(上流)向って10分足らず歩くと右手は隆起して裏山へと連なるその山肌にはりつくように建つのが築120年以上にもなる「松籟庵」。
もとは近衛文麿公が特にお気に入りの建物で、「近衛さんの別邸」と呼ばれていたという。
松籟庵の名も公の命名で、その直筆の額が庵に現在も掲げられている。
平成17年(2005)、書画家である小林芙蓉御夫妻が、入念な改修工事を経て、書画を楽しみながら湯豆腐を味わえる店として開設。メディアに顔出しする機会が多い食事処。(※ 要予約)
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