山科地蔵と徳林庵

徳林庵の山科廻地蔵(像の高さ約3メートル)が安置されている六角堂は、8月22、23日以外は開扉されておらず、通常は格子越しでの参拝となるはずですが・・・・法要か何かが営まれるのか、六角堂の三方の扉が開かれ、若い僧2名が何やら待っている様子で控えていました。断りを入れて、写真を撮らせていただきました。(撮影:2021年2月24日、12時頃)「徳林庵」は、南禅寺第260世雲英正怡(うんえいしょうい)…

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染殿地蔵尊

「染殿地蔵(染殿院)」は繁華街の一角にある時宗の小さなお寺です。正しくは「染殿院(そめどのいん)」本尊は地蔵菩薩。十住心院(じゅうじゅうしんいん)・警礼寺(きょうらいじ)とも呼ばれ、釈迦如来を祀ったことから四条京極釈迦堂ともいった。大同三年(808年)弘法大師空海を開基として創建。秘仏の本尊は空海作と伝えられ、江戸時代には名地蔵の一つに数えられた。等身よりも大きな裸の地蔵菩薩立像は、文徳天皇の皇…

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錦天満宮

カメラの液晶部分を保護しているフィルムが傷んできたので、烏丸通りのカメラショップを訪ねたところ、開店は10時30分からとの案内が。コロナ禍前の烏丸通り、河原町通りの多くの商店の開店時間は10時でした。他店も見ると、10時開店のところや10時30分の店や11時開店の店が!開店までの30分、どこで過ごそうかと思案の末、近場で時間待ちすることに。先ずは、錦天満宮を訪ねました。「錦天満宮(にしきてんまん…

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「土下座」で知られる高山彦九郎の像

三条京阪駅の地上、三条大橋の東に高山彦九郎の像があります。通称「土下座」として知られるこの像には、意外な歴史が隠されています。高山彦九郎は「寛政の三奇人」の一人にも数えられる群馬県太田市出身の武士で、13歳にして太平記を読み、南朝の悲話に心を動かされ、さらに自らの先祖が後醍醐天皇に仕えた新田氏であることを知ると、天皇を敬う勤皇の志に目覚めます。そして、明和元年(1764年)18歳の時、学者を志し…

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2021年 京の桜「三条大橋詰め」

「三条白川橋の道標」の後、旧東海道の起終点、京都・三条大橋へやってきました。鴨川を渡った西側に、弥次三さん、喜多さんの像があります。その近くの、河津桜が見頃間近となっていました。(撮影:2021年2月24日) …

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京都、道標探し(6)「三条白川橋」

三条大橋をふり出しに、東海道五十三次が始まります。現在、三条大橋付近も、すっかり変わって道標の名残はありませんが、約1㎞東(江戸寄り)の白川橋まで来ると、そのたもとに延宝6年(1678)3月の紀年銘を刻んだ、「史跡 三条白川橋道標」があります。恐らく、現存最古の道標と思われます。道標は幅23.5×27 高168㎝。北側面には「三条通白川橋」。東側面には「是よりひだり ちおんゐん ぎおん きよ水み…

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京都、道標探し(5)「毘沙門堂」

JR山科駅前、京阪電車の踏切脇に「毘沙門堂」「山科聖天」と書かれた白地の大きな看板が出ています。その看板の手前に、寄りかかるように立っている古い道標があります。北側面(通路側)には「本願寺 山科両別院 是より ひだりへ 六丁」。西側面(駅より)に「明治四十二年十二月建立」と。東側面に刻んだ 様な跡が窺えますが、判読不能。南側面は、電車の線路側になりますので立ち入ることが出来ません。この道標は両別…

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